いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

毎日がスタートで、毎日がゴールだ。

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天神北のドトールにいる。昨日、福岡のホテルニューオータニの近くで野営をした。そこを『ニュー・ニューオータニ』と名付けてにはにはしていたのに、あろうことか、深夜1時頃、酔っ払いが私をめがけて立ちションをした。私が、あまりにもうまく雑踏に紛れていたため、彼は(まさかビニールシートの中に人間がいるとは思わなかったのだと思う)私にションベンをひっかけたのだ。生きていると、こんなこともあるのか。小便を浴びながら、ああ、これはネタになるなあと思った。

 

 

おおまかなスケジュール

10月13日(日)
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます!)
10月14日(月)16時 KEIGO&RYU LIVE@愛媛県東温市「あそびハウス」
10月25日(金)18時 KEIGO&RYU LIVE@大阪市鶴見区「Cafe de Lien」
10月26日(土)18時頃 LIVE@大阪市大正区某所(決まり次第更新)
10月27日(日)15時 Agape 定期演奏会@横浜市港北区「わたり食堂」
11月4日(月・祝日)14時 坂爪圭吾×壇珠「ファンタジーの魔法の使い方」
11月22日(金)19時 Agape単独ライブ@大阪市心斎橋「
5th-Street

SCHEDULE on http://urx2.nu/xkMu 

 

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自粛しても誰も幸せにならない。

昨日のnoteで「二子玉川が冠水したとか、悪いニュースばかり見ているとダメになる」とか書いた。悪い映像ばかり見ていると心身が滅入る。ニュースなんて、一部を全部みたいな報道をする。惑わされるな。自粛しても誰も幸せにならない。そんなことを書いた。ら、その夜、自分が冠水をした。バチが当たったのか。だが言う。言いたいことは言う。台風がすべてを洗い流した。もう、人に好かれようと思うことは終わりにしよう。日和見主義の大衆に、自分を合わせると簡単に揺らぐ。積極的に、嫌われに行こう。嫌われに行くくらいが、ちょうど良いのだと思う。

 

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「死ぬ気」 作詞・作曲 Keigo Sakatsume

人生の 前半は おやたちに 壊された
人生の 後半は こどもらに 壊された

ふざけんな たまらんな おいまてよ まだいくな
これからだ おいまてよ まだいくな

放課後の 河川敷 教科書を 燃やしたよ
誰もいない 夜の海 裸になって 飛び込んだ

ふざけんな たまらんな おいまてよ まだいくな
これからだ おいまてよ まだいくな

死ぬ気 死ぬ気 死ぬ気の 死ぬ気 
死ぬ気でやろうよ 死ぬから

運命の 人ならば 刑務所の 中にいる
運命の 道ならば 工事中 通れない

ふざけんな たまらんな おいまてよ まだいくな
これからだ おいまてよ まだいくな

死ぬ気 死ぬ気 死ぬ気の 死ぬ気 
死ぬ気でやろうよ 死ぬから

死ぬ気 死ぬ気 死ぬ気の 死ぬ気 
死ぬ気でやろうよ 死ぬから

健康食 食い過ぎで ポンポンは パンパンだ
自己啓発 読み過ぎで ポンポンは パンパンだ

パンはパン パンはパン パンはパンでも 食えない爺
パンはパン パンはパン パンはパンでも 食えない婆

死ぬ気 死ぬ気 死ぬ気の 死ぬ気 
死ぬ気でやろうよ 死ぬから

死ぬ気 死ぬ気 死ぬ気の 死ぬ気 
死ぬ気でやろうよ 死ぬから

うるせえな 余計なお世話 ポンポンは パンパンだ
うるせえな 余計なお世話 ポンポンは パンパンだ

 

ドリカムに「嬉し恥ずかし朝帰り」という曲がある。朝帰りより、より一層嬉しくて、より一層恥ずかしいことがある。それは『穀潰し』だ。極論、我々、全員が穀潰しみたいなものだ。酸素、雨、食物、地球の恵みを抜きにして、生きることはできない。ここ数日、ひとが大量に集まる空間に数ヶ所顔を出した。誤解を恐れずに言うと「みんなさみしいんだな」と思った。さみしさを、大盛り上がりすることでごまかそうとしているように見えた。上部だけの付き合い、上部だけの盛り上がりは、あとに疲労感(虚しさ)を残す。さみしさを乗り越えたければ、さみしさを自覚した上で、爆発することだ。友達ごっこの中に、一時的な盛り上がりの中に、爆発はない。そんなものは、気晴らしに過ぎない。自分をごまかしているだけだ。

 

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「嬉し恥ずかし穀潰し」 作詞・作曲 Keigo Sakatsume

かみさまは不必要な 人間をつくるほどに
愚かなわけではないぜ 俺にも価値はある

食べていくために 生きてるんじゃなくて
生きていくために 食べているんだ なあ

自分の力ひとつで 生きてるやつなどいない 
生かされてここにあるぜ 我ら 宇宙のヒモ

幸せになるために 生きてるんじゃなくて
生きていることが 幸せなんだ なあ

うれしくて はずかしい 僕 穀潰し
うれしくて はずかしい 僕 穀潰し
うれしくて はずかしい 僕 穀潰し
うれしくて はずかしい 僕 穀潰し

人間に生まれたこと これでラストチャンスかも
お次は何になろうか クラゲか? ミジンコか?

ああ 誰かのために 生きてるんじゃなくて
ああ 生きるために 生きているんだ なあ

うれしくて はずかしい 僕 穀潰し
うれしくて はずかしい 僕 穀潰し
うれしくて はずかしい 僕 穀潰し
うれしくて はずかしい 僕 穀潰し 

 

自分が夢中になれる対象を見つけたとき、他人の生き方にああだこうだと口を出さない。誰かを批判したり、なんだり、それは暇人のやることだ。暇人の「負のエネルギー」に巻き込まれちゃいけない。そんな時はジャンプだ。二分間くらい飛び出して、脇の下から「掻きだしてー!掻きだしてー!」と(ラーメンズのネタのように)負のエネルギーを排出するイメージで繰り返し跳ねると、徐々に気分は上向く。否定的な考えは、即刻排出する。純粋に怒る。純粋に叫ぶ。純粋に暴れる。命は、踊りたがっている。負のエネルギーを振り払うもの。否定的な考え方を取り払うもの。どうしようもなく、強く、いまを生きようとするもの。それが『命』だ。

 

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 「命よ、踊れ。」 作詞・作曲 Keigo Sakatsume

どう生きるかより どう遊ぶかだろう
泣くか笑うか 決めるのは自分だろう

こどもの役割(しごと)が 遊ぶことならば
おとなの役割(しごと)は もっと遊ぶこと

明日はないのだ ただ 今日があるだけ
毎日がゴールで 毎日がスタートだ

いいことばかりじゃ 半分なんだ
本当のいいには 悪いもあるんだ

自分に同情を している場合じゃない
被害者ヅラを している場合じゃない

次はないのだ ただ いまがあるだけ
これが最後だからと 暴れ出す 命が

ああ 踊りたがっている 命が 俺と

幸せになるより 感じ取れる美々を
自由に心を 遊ばせておける日々を

カラダを越えて 時を空間を越えて
あなたの笑顔が ぼくを笑顔にする

明日はないのだ ただ 今日があるだけ
これが最後だからと あふれ出す 今も

ああ 生きたがっている 命よ 踊れ
ああ 生きたがっている 命よ 踊れ

 

note.mu

 

毎日がスタートで、毎日がゴールだ。

昨日、天神駅前で人生初の路上ライブを経験した。やる前は「なにを思われるのか」とかビビったが、やってしまえば余裕だった。この感覚は、野宿やヒッチハイクや海外旅行を初めて体験した記憶と似ていた。やってしまえば、余裕なのだ。福岡の人々は優しかった。みんな、我々の前を通過する際に笑顔になった。冷たい眼差しを向けるものは皆無だった。両隣では、しっとりモテモテ系のコブクロとか上手に演奏する歌手がいた。大人気だった。が、私は「よろしく浸ってんじゃねえよ」とか思ってしまって、その隣で暴れた。みんな、そんな我々を見て苦笑していた。まるで、こどもが大騒ぎしている様子を見守るおとなのように、我々を遠くから眺めていた。が、やがて、一緒に踊りはじめる人々も、少数ながら登場した。

 

自分が恐れていることをやることは、自分を解放することと似ている。聖書に「愛に、恐れはない」という言葉がある。逆に言えば「嫌われるかもしれない」みたいな恐れと共に差し出す優しさは、愛ではない。そんなものは、ただの保身だ。りゅーちゃんの言葉を再録する。りゅーちゃんは言った。嫌われないように生きていたら、そこに愛みたいなものが生まれない気がする。だから、俺は、嫌われてもいいのだと思う。と。この純度。この純度が大事なのだと思う。愛されたいとか、認められたいとか、つまらないエゴを捨てる。エゴを捨て切ることはできない。だったら、小さなエゴではなく大きなエゴを抱くべきだ。自分だけの幸福を考えるのではなく、自分を通じて、人類全体が幸福を感じるような、大きなエゴ、大きな欲望、大きな夢を生きるべきだ。そうじゃなければ、端的に、退屈だと思う。生きている手応えは、無欲ではなく『大欲』の中にある。無我ではなく『大我』の中にある。

 

明日から四国に行く。予定はないが「毎日ライブをする」という目標だけはある。我々Agape(現在はKEIGO&RYUの二人で行動している)にライブの機会を与えてくださる方がいたら、是非、お気軽にご連絡ください。与える喜びを、与え合う。そこに生まれるうねりを生きる。生きていると色々なことがある。知らないおっさんの小便に冠水することもある。だが、毎日がスタートで、毎日がゴールだ。昨日のことは昨日こと。まだ、誰にも汚されていない今日がはじまる。くだらない記憶に引っ張られて「俺はダメだ」と思う暇があったら、今日、いま、ここからはじまる瞬間瞬間に、自分を出していきたい。生きることができるのは、いまだけだ。

 

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
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