いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

道を選ぶということは、安全な道を選ぶことではない。

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菊名駅前のコロラドにいる。写真はヴェネツィア滞在時の小生(坂爪圭吾)とミユさん。我々のバンド名は『hill(ヒル)』という。英語で「丘」とか「坂道」の意味がある。端的に、私の名前が坂爪で、ミユさんの名前が美智恵なので、これはサカミチだねということで『hill』と名付けた。保科さんを置いてけぼりにしてしまったので、申し訳程度に歌詞の中に「目に見える星 登る坂道」とか入れたりしている。

 

 

おおまかなスケジュール


3月12日~15日 FREE!【日本】
3月16日 朝・カイロ【エジプト】
3月16日 昼・ミラノ【イタリア】
3月17日~25日 FREE!【欧州界隈】
3月26日 「音楽×トーク」企画@ロンドン【イギリス】

3月27日~4月10日 FREE!【欧州界隈】
3月31日 わたり食堂【0円食堂】(帰国不可能)
4月7日 🎁🎉✨🎂💝坂爪圭吾34歳の誕生日💝🎂✨🎉🎁

4月11日 関西空港到着以降、引き続き音楽武者修行【日本】

🌐🌐🌐呼ばれたら何処でも行きます🌐🌐🌐

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu 

 

年齢の可動域を増やす。

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取り急ぎ各自できることからやっている。坂爪は1日1曲を、保科さんはベースの訓練をゼロベースから、ミユさんは美しい孤独を。我々3人のライングループがある。昨夜、ミユさんが「わたしはGacktみたいになります」宣言をしたために戦慄が走った。やばい。俺の暴走でおかしなことになっている。愚かな曲ばかりを連発している。大変だ。俺だってできればL'Arc〜en〜Cielみたいになりたかった。乾いた風をからませたりしたかった。のに、自分から出てきた楽曲はこの程度のものだった。非常に無様である。が、精進である。いつか行くぜあの世。本腰で行くぜ。

 

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自分はダメな人間で、すぐにふざける。しかしながら、愚かな曲を作ることは自分なりの精神安定剤で「音楽ってそもそもで楽しいものだよね!」という気持ちを取り戻すために必要不可欠なものだ。が、これだけだとこれだけの人間になる。いかん。わたしにとって、大人になるということは「年齢の可動域を増やす」ことだと思っている。たとえば、現在のわたしは33歳だが「いつでも3歳の頃に戻れる」とか「33歳なりの悲哀を歌うことができる」とか、そういうことが年齢を重ねる魅力だと思う。しかし、現状、わたしは三歳児の歌ばかりを連発している。あかん。早くおとなにならなければならない。アダルティな色気をまとわなければならない。

 

note.mu

 

中二病どころか三歳児にまで遡るとは。わたしは牡羊座だ。星座的に「赤ちゃん」らしい。だから致し方ないのかもしれない。が、わたしにはわたしなりに「大人の色気」があると信じたい。黄色い声援を浴びたい。ちやほやされたい。オートロックの家に暮らさないとファンの大軍に囲まれて大変!マスクとサングラスは必需品よ!みたいな生活を送りたい。それなのにこのザマはなんだ。わたしの歌を聞くと小さなこどもたちが喜ぶ。騒ぐ。暴れ出す。小さなこどもたちが喜ぶのは嬉しい。わたしはこどもが大好きだ。大富豪になったら保育園の園長になりたい。保育園の名前は決めている。梁山泊。108人のこどもたちを『替天行道』で育てるのだ。

 

三歳児の音楽をお楽しみください。

 

 

ごちゃまぜ人形劇がはじまりました。

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gochamaze.hatenablog.com

 

道を選ぶということは、安全な道を選ぶことではない。

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バンドを組みました。そういう話をすると「パートはなんですか?ギターですか?ボーカルですか?」と問われる。わたしは、そういうことじゃないんだよ、と思う。強いて言うなれば、我々のパートは全員一律で『愛され役』である。誰が歌うかは謎だ。誰がボーカルなのか、誰がギターなのか、誰がベースなのか、ミユさんはピアノも弾けるけれどピアノを弾くのか、などということは瑣末な問題に過ぎない。何をやるにせよ、何を演奏するにせよ、我々の役割は『愛され役に徹する』ことである。この点は揺るがない。我々は愛されるために音楽をやるのだ。誰かを愛するよろこびを世界に振りまくために、我々はこの惑星(ほし)に生まれたのだ。

 

わたしは「真・善・美」を愛している。わたしにとって、真理とは『人間をスカッとさせるもの』である。痛みを伴う場合もある。苦痛を伴うこともある。が、同時に、必ずある種の浄化を伴う。真理は人間を自由にする。しかし、この世界には罠が多い。真理を装った「真理風の偽物」は多い。たとえば、良い学校に行って、良い企業に入る。これは、一般的には正論なのかもしれないけれど『スカッと感』がまったくない。わたしは、もう、スカッと感のないものを自分の人生に採用しない。決めたのだ。スカッと感のないものを採用すると、途端に人生が窮屈になる。真理には、必ず『スカッと感』がある。毎日は選択の連続だ。中途半端な選択、無難な選択を続ける日々に『スカッと感』は少ない。が、ああ、これは完全に良い金の使い方をしたな、とか、ああ、これは完全に正しい選択を自分はしたな、と思える瞬間には、必ず『スカッと感』『パアッと感』『ジュンジゥュワア感』がある。

 

君は勘違いしてるんだ。道を選ぶということは、必ずしも歩きやすい安全な道を選ぶってことじゃないんだぞ。みたいなことをドラえもんが言っていた気がする。わかる。わかる気がするよドラえもん水滸伝を読んでいると喧嘩のやり方を学ぶ。乱暴にまとめると、喧嘩に負けるときは大概『思い切りが足りないとき』なのだ。次の一歩を考える。この、考えた瞬間に『迷い』が生まれ、踏み込む一歩の威力を奪う。結果、中途半端な結果を生む。守りにはいった瞬間に、敗北がはじまる。基本的に『攻め』の姿勢を失った瞬間に、人間は老いるのだろう。消極的な意味での『死』を、自分の懐に招き入れてしまうのだろう。これから先、影響を受けたアーティストは誰かと問われまくるのだろう。答えは用意してある。バッハ。G線上のアリアを聞くと、わたしは「生も死もねえな」という気持ちになる。死にたいは、生きたいだ。生きたいは、死にたいだ。遺書ではない。遺言を残したいと思う。

 

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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