いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

強さを持ちたい。

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菊名駅前のコロラドにいる。横浜のごちゃまぜの家に戻ると、内海さんが姿を消していた。事情は深く分からないが、神奈川県内の自立支援施設に入所したらしい。これまで、様々な方々から内海さん宛に小包が届いた。が、もう、ごちゃまぜの家に郵送をしてもらっても、内海さん本人はいない。我々も、彼に荷物を届けることはできない。他の誰かが、当事者の心情を代弁することはできない。そのため、彼をサポートしてくれた方は、直接本人と連絡を取り合ってもらえたら助かります。

 

 

おおまかなスケジュール


3月1日~15日 FREE【日本】
3月16日 昼・カイロ【エジプト】
3月16日 夜・ミラノ【イタリア】
3月17日以降 FREE【欧州界隈】

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu 

 

ibaya.hatenablog.com

 

責任。

内海さんが暮らし始めたのは昨年の12月。仕事も金も失い、隅田川でホームレスをする直前の状態で、彼はごちゃまぜの家に来た。その時に二点、彼と確認した。一つは「内海さんは何も隠すことがない。だから、自分のすべてを晒す」ということ。一つは「自分みたいな人間でも生きていける活路を、生き様を通じて見せる」ことだった。この点がある限り、私は、彼と一緒にいることができると思い、彼を受け入れた。しかし、結果的に彼は家を離れ、自立支援施設に向かった。私は、この件を通じて『約束』と『責任』と言う言葉、これらの意味を考える機会を得た。

 

「約束しろ。どんなことでも、俺の言うことを聞くと。約束を破るのがどういうことか、いずれおまえも学ぶ」
「死ぬのか?」
「いや、自分を恥じるのだ。それは、死ぬことより苦しい、と俺は思っている」

北方謙三水滸伝(1)』(集英社文庫)より引用

 

欧州での移動中、ずっと水滸伝を読んでいた。内海さんを責めたい気持ちはない。ただ、同じ言葉を使っていても、そこに込められた意味合いは使う人によって変化するという、当たり前のことを思うだけだ。思いを伝えること・共有することの難しさ。私は、言葉を重要視する。自分に嘘をつきたくないと思う。それは、自分が立派だからではなく、ただ、自分を偽ることが問題の根源を生むと考えるからだ。約束とは、自分の言葉に責任を持つことだと思う。責任とは、約束を通じて『自分が変わっていく(自分が変わろうとしていく)』ことだと思う。今回の件は、そこの甘さが露呈した。私の考えは、ただの押し付けになっていたのかもしれない。あるいは、確認したつもりになっていただけだったのか、それはもうわからない。

 

「俺はあんたに、詳しいことを言う気はないんだが、客人。あの坊主と、北京大名府の盧俊義だけは、信用している。こんな世の中で、信用できる人間がいるということは、幸せだと俺は思ってるがね」

北方謙三水滸伝(1)』(集英社文庫)より引用

 

各種メディアでは『責任を取って』会社を辞める役員の報道が絶えない。責任を取るということは、謝罪をする、辞める、離れるということなのだろうか。違う。責任を通じて『自分が変わっていくこと』だと思う。謝罪や離職はあくまでもスタートで、生き様で示すことがゴールだ。責任を生き様に宿らせることだ。今回の件は、要するに、自分に信用が足りなかったということだ。他者から見て、自分の言葉が「それを守るに値する」と感じられるものではなかった、ということだ。それならば、自分が選ぶべき道はひとつ。自分の言葉に責任を持つこと。自分の生き様に責任を宿らせること。他者から見て、信用に足る人間になること。それだけだ。

 

わたり文庫『水滸伝(1)』

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今回のわたり文庫無料郵送の一冊は、北方謙三著作『水滸伝(1)』です。全20巻。続編も含めると50巻を超える超大作ですが、読む者に後悔をさせることのない傑作だと思う。たとえ、ある一年をこれを読むだけために費やしたとしても、必ず『生』の肥やしになる。そういう本に出会えた自分を幸運だと思います。ご希望される方は何かしらの方法で坂爪圭吾までご連絡ください。御当選(?)された方には70万時間以内に折り返しご連絡いたします。

 

※※※ こちらの本は、福岡県にわたりました ※※※

 

「闘って、死ぬ。勝てぬまでも、華々しく闘って死ぬ。数年前まで、私はそう思っていた。そうやって闘うことで、この国の民の心の中に、なにかを植えつけることができると。それでいいし、それだけしかできないだろう、とも思っていた。いまは違う。私は生きたい。闘って、生きて、そして勝ちたい」

 

北方謙三水滸伝(1)』【集英社文庫

 

強さを持ちたい。

これまでは自分の連絡先を公開し、呼ばれる限りどこにでも行く(誰にでも会う)日々を過ごしていた。こういう生き方も、今月限りで終わりにする。自分をオープンにすることで、多大なる恩恵を受けた。様々な人々と会うことで着想を得たり、様々な場所に足を運ぶことで視野が広がったりすることは多い。しかし、いまは「自分をオープンにするよりも大事なこと」があるように思う。それは、自分を掘り下げることであり、大事なものを『これまで以上に大事にする』ということだ。集中したい。人も。ものも。会うべき人に会い、やるべきことをやりたいと思う。

 

ある境地に達したものだけに宿る『自然さ』がある。真に偉大な人間は、自分が偉大であることを見せびらかせたり、周囲にひけらかしたりはしない。基本的に自然体でありながら、揺るぎない威厳をもつ。なにが彼(彼女)をそこまで高めるのか。それは、古臭い言葉だが『志』だと思う。志とは、こうありたいと思えるような理想像、そのことを考えるだけで、そのことを仰ぎ見るだけで『自分もそうなりたい』と思える前向きな意思を与えるもの。自分には力があるのだと思わせるもの。自分には生きている意味があるのだと思わせるもの。いまはまだひとりきりだとしても、それを通じて『仲間』の存在を予感させるもの。いまはまだ未熟でも、それを通じて『成熟』の達成を予感させるもの。自分を高みへと引き上げるもの。それが志だ。志を失った瞬間に、人間は、簡単に堕ちていける生き物だと思う。

 

昨日、中島という29歳の男性が家に来た。彼は現在の窮状を語り、支援を求めた。私は、様々な言葉で『約束』や『責任』について話した。どれだけ伝わったのかはわからない。ただ、話しながら、常に心にあったのは「一緒に強くなっていこう」という思いだった。自分がすでに強い人間で、その強さをお前に伝授する、というようなことではない。お前が弱い人間であるように、自分も弱い人間だ。しかし、強くなりたいという思いはある。お前も同じように『強さ』を持ちたいと願うなら、一緒に生きていこう。一緒に強くなっていこう。だから、中島。苦しいこともあるだろうが、生きることを投げ出してしまってはいけない。自分が生きていることに意味を見出すんだ。どのような経験も、糧になる。俺もいま、お前と同じ闘いを続けている。それは、功績をひけらかすための闘いではなく、自分が自分を信用するに値するだけの、たったひとりの『誇り』のために、強さを持ちたいと思う。

 

 

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人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
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