いばや通信

ibaya.ex《いばや》共同代表・坂爪圭吾のブログです。

誰かのために祈るということ。

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2014年からおよそ2年間、家のない生活を過ごしました。漫画みたいな日々のあれこれを、この度、一旦音声配信でまとめました。きっと面白がっていただける気がするので、是非、時間のある時に聞いてみてください。毎晩日本時間22時から、リアルタイムのツイキャス音声配信も引き続き行なっています。日本を離れて10日目。ようやく、ようやく執筆活動をはじめることができました。書く、食う、寝るのシンプルな日々の中で、さて、いったいどのような本が出来上がるのでしょうか・・・!!

 

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前回の記事で「好きなひとに好きだというために生きている」と書いて、ああ、まったくもってその通りだなあと感じました。これは「どうだ!こんなことを言える俺はすごいだろう!」ということが言いたいのではなく、自分と言葉を切り離して、ただ、この言葉だけを眺めてみた時に「ああ、いい言葉だなあ」と思えるときのあの感覚。それは、夕日を見ながら「綺麗だね」と言っている時の感覚と似ている気がします。夕日は自分のものではないけれど、夕日を綺麗だと思う感覚は自分のものであり、また、その感覚は他のひとのものでもあるということ。私たちは、もしかしたら『同じ気持ちになりたくて生きている』のではないだろうかと、だからこうして言葉を綴ったり、ツイキャス配信をするのではないだろうかと、そういうことを思いました。

 

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おまけ動画『パーイの街並みをあなたと。。』 

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小さな我ではなく、大きな我を生きる。

昨夜のツイキャスで「雑誌などでは愛されるための方法ばかりが紹介されるが、愛するための方法が紹介されることはない」という話をした。これは何も、愛に限った話ではない。どうすれば成功できるか、どうすれば収入が増えるか、どうすれば美しくなれるか、どうすればフォロワーの数が増えるか、など、全部同じことだと思う。これらは「自分のことばかりを考えている」という点で共通をしているように思う。私は思う。自分のことばかりを考えているひとが、真の意味で愛されることなどあるのだろうか。愛されるひととは、つまるところ「愛することができるひと」なのではないだろうか。

 

空海の話をした。多くの宗教が禁欲的であるなかで、密教は「人間だから我を捨て去ることも欲を捨て去ることもできない。だからこそ、どうせならば小さい我を生きるのではなく、大きい我を生きてみろ。小さい欲で満足をするのではなく、人類全体が幸福になるような、大きい欲を生きてみろ」的なことを言う。この、我欲に対して肯定的な密教が好きだという話をした。が、結局、密教もそれ以外の宗教も、つまるところは「小さい我ではなく、大きい我を生きろ」という点において共通しているのだと思う。自分にとらわれるのではなく、自分を一回消すことで、自分を一回越えることで、より大きな「人類全体の命」を生きることができるのだと、そのことによって自分が活きていくのだと、そのなかにこそ自由はあるのだと、そういうことを説いているように思う。

 

欲求不満とは、要するに「なにかをしてもらえなかった記憶の蓄積」なのだと思う。そして、欲求不満は「より多くを得ること」では埋まらないものだと思う。得ることではなく、自分から与えることによってそれは解消をするものだと思う。誰かに与えることを通じて、ああ、なんだ、それははじめから自分のなかにあったのだということを知る。しかし、それを知るためには「他者の存在」が必要になる。自分のことばかりを考えているうちは、自分の真価が発揮されることはない。あらゆるものの真価は、それを受け取ってくれる誰かによって与えられるものであり、芸術作品と呼ばれるものも「それを見てくれる鑑賞者がいることによって」はじめて、作品として完成をするのだと思う。

 

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誰かのために祈るということ。

昔、まだ家のない生活をしていた頃、ボロボロの状態で京都の街をさまよっていた。三十三間堂という大量の仏像がずらっと立ち並ぶ御堂が好きで、その場所に足を運ぶも、ボロボロの精神状態が癒されることはなかった。が、仏像の羅列を抜け、堂を出たところに立てかけられていた小さな看板が目に入った。そこには「大切なひとのために祈りましょう」と書かれていて、私は、この言葉を目にした瞬間に「うわあああああああああああ・・・・・・」という、どうしようもなくやるせない気持ちになった。

 

ボロボロになって疲れていた私は、ボロボロであることを言い訳に、自分のことばかりを考えていた。どうすれば自分を癒せるか、どこに行けば自分を元気にしてくれるものがあるのか、など、自分にとってメリットのあるものばかりを探していた。が、この看板を見た瞬間に「ああ、俺は自分のことばかりを考えていたから疲れていたのだな」と思った。涙が出そうになるほど自分を恥じて、そして、自分自身を思い直した。ボロボロな自分にも、最後の瞬間まで残されていることがある。それは「誰かのために祈ること」だ。そう思い、自分にとって大切なひとの存在を思い浮かべた。そして、そのひとが幸せであることを願った。ら、不思議なことに、先程までの疲れが緩和をしている自分に気が付いた。私は、なにもできない自分に疲れていたのであり、誰かのために「自分にもできることがある」と思い出したことで、生きる力を取り戻したのだと思う。

 

この世で一番崇高な行為は「祈る」だと思う。どのような状態に置かれても「誰かのために祈る」自由は、あらゆるひとに残されている。引きこもりのひとも、寝たきりのひとも、元気がないひとも、自信がないひとも、自分には価値がないと思っているひとでさえも、誰かのために祈ることならば、この瞬間からできる。私は思う。仕事には、多分、二種類ある。世の中で言われている「生活の糧を得る」という意味での仕事とは別に、もうひとつの仕事がある。それは「祈りを具現化したもの」だと思う。私にとって、仕事とは「そのひとの祈りを具現化したもの」だ。今、私は、徐々に原稿を書き進めている。自分に捕まらないように、つまらない我や欲にとらわれそうになったときは、おまじないのように繰り返している言葉がある。それは「お前の祈りはどこにあるのか」という問いだ。いま、自分が書き進めている本が、無様でも、不器用でも、自分なりの祈りを具現化したものになればいいと思う。 

 

 

先日初めて坂爪さんのキャスを聞きました。


そしたらまさかの恋愛話の会で、赤裸々なトークが楽しかったです!次の日のキャスも聴きました。


私が坂爪さんを知ったのは高校生の時だったと思います(現在21です)。その時に、まさに「よろしくやってんじゃねーよ理論」などの記事を読んだ記憶があります。先日のキャスを聴いてまさに思い出しました。


その当時の私は、「世の中にはこんな人もいるんだ」「自由で楽しそう」「なんかすごい人」「日本に1人しかいなさそう」「自分が男だったら憧れる生き方だ」などと思っていましたが、憧れるけど別世界の人、という目線で坂爪さんのブログなどを時々読んでいました。世の中には坂爪さんのような人もいるとただ「知っている」だけでも、目の前の現実に対して、心にひとつ逃げ場所・選択肢ができたような気になっていたのだと思います。

それから自分の進路に進み、目の前の忙しさなどに追われ、坂爪さんのブログなどを読む機会もすっかりなくなっていました。

しかし高校卒業後色々な場所に属すも、どこか不安で、自分の人生がうまくいかなくなり、空回りばかりし、ついには引きこもるような形になってしまいました。(色々な要因が重なったと思いますが、トータルで自分の人生を見失ってしまいました)

そんな日々の中で、時間の経過に少しずつ心を癒されながら前向きさを少し取り戻し、ツイッターなどをやる(見る・自分の思いを吐き出す)余裕も出てきました。


気づいたら再び坂爪さんのツイッターなどをフォローしておりましたが、やはりどこか「自分とは最初から色々違う、すごい人」と思っておりました。

 

でも、先日キャスを初めて聴いた時、赤裸々な恋愛トークなどを聞いて、「坂爪さんも同じ人間なんだ!」ととても親近感が湧きました。
坂爪さんはキレイに生きれてるイメージでした。悟っていて、強くて、色々と乗り越えるような。(本当に勝手にそう思っていたのですが)

だけど坂爪さんにも弱さがあり、葛藤があり、同じ人間なんだ!と思えるようなエピソードを聴き、今まで坂爪さんという人を何年も誤解していたことに気がつきました😱笑

次の日のキャスでも、坂爪さんのお話を聞けば、ワクワクし、自分のタメになる!!!楽しい。


私は不思議でした。高校生の時、異世界の人と思っていた坂爪さんが、数年後こんなに親近感の湧く存在になるなんて。
人生って繋がっているんだなぁ、なんて思ってしまいました。

とりあえずキャスを開いて頂きありがとうございます!私にとってはあの坂爪さんが!身近に感じられてとても嬉しいです。タメになります!

ブログも、美しくて、気づきがあり、涙が出そうになります。更新ありがとうございます!!

すみません、
しどろもどろな文章になりましたが、
嬉しかったので送らせて頂きました!✨
何かしらが伝われば、幸いです^ ^

 

パーイの市場からこんにちは! #thai #pai #market #安い #幸せ #ドラゴンフルーツを好んで買います #タイ語で話しかけられる #あれ #あなたタイ人じゃないの #まあ #日本なの #ありがとう #ありがとう #と #バナナ一房をおまけしてくれました #重いけど嬉しい #ようやく執筆活動がはじまりました #現在5000文字弱 #みなさまのおかげです #これから毎晩日本時間22時からツイキャス配信を行います #時間のある方はよかったら聴いてみてください!と書きながら豪雨来ました!無事におうちに帰れるのでしょーか!!!🐬✨✨✨✨✨✨

人生は続く。 

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu

 

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