いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

GOOD MORNING BABIES 〜自分を救え〜

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昔、躁鬱病統合失調症椎間板ヘルニアのトリプルパンチで半年間寝たきりの生活を送っていた時期がある。あの時期は地獄だった。が、あの時期があったからこそいまの自分があるのだと割と心のそこから思う。そう思うと「一回死にそうな状態になる」ことも決して悪いことではないのだろうなと思う。半年間の寝たきり生活で体重は20キロ増え、金も家も友達も何もかも失ったつもりでいたつもりは「どのような方法で死のうか」ということばかりを考えていた。が、坂爪圭吾という人間は生まれながらに『奇跡のJ字回復』をするように作られているみたいで(神様ありがとう!)、現在はすこぶる元気に生きている。その辺の詳細は過去記事に詳しいのだけれど、昨日、数年前から行なっていた『GOOD MORNING BABIES』の活動について思いを巡らせていた。

 

【過去記事】【貧乏性最強説】私が貧乏性によって躁鬱病と統合失調症を克服し、三ヶ月で15キロ痩せた話。 - いばや通信

 

GOOD MORNING BABIESの誕生。

精神的に病みすぎて(ヘルニアで体も動かないし)わたしは寝たきりの生活をしていた。が、時は流れまずは最初にヘルニアが治った。当時、わたしは新潟市内にある実家で療養をしていたのだけれど、自分の存在が誰かにとってのお邪魔虫になっているのだというほど辛い実感はない。そのしんどさを拭うために、ささやかすぎるけれど食器洗いなどをすることで軽い贖罪をしたつもりになっていた(けれど実際は全然しんどいままだった)。食器洗いをするうちに、ああ、これだけでは全然足りないなあと思って簡単な味噌汁などの料理も引き受けるようになった。多分、これがものすごいよかった。精神的に病んでいる時は、ほおっておくとマイナスなことばかりを考えてしまう。が、料理をしている間だけは無心になることができた。寝ているばかりの日々に達成感は皆無なので、せめて、今日はこの料理を作ることができたというささやかすぎる達成感が、自分のちっぽけな人生にわずかながらの「充実感」を与えてくれていた(ように思う)。

 

わたしはパンが好きなので、よし、時間もあるし自分でパンを焼いてみようということを思った。が、当時、わたしは愛するジャムパンの過剰摂取で一ヶ月に20キロも太るという醜態をさらしていた。パンは食べたい。が、パンは小麦粉を多用するためにめちゃんこ太る。さて、どうしたものだろうかと考えあぐねていた時に奇跡のパンと出会う。そのパンの名前は「お豆腐ベーグル」というもので、小麦粉の代わりに豆腐を使うことでウルトラヘルシー!まさに自分のためのパンだ!とわたしは興奮をして、WEB上にある適当なレシピを参考にしながら豆腐ベーグルを作った。ら、出来た。料理の素晴らしいところは「レシピ通りにやれば一応できる」ということで、わたしは「おお、こんな自分にも豆腐ベーグルを焼くことができた!」ということがあまりにも嬉しすぎてしばらくの間自分が精神的に病んでいるということを忘れた。

 

料理は素晴らしい。料理というか「なにかをつくること」「新しいことに挑戦をすること」は素晴らしいことなのだと感動をしたわたしは、よし、これは自分1人だけではなくみんなでつくったらきっと楽しいだろうなと思って『豆腐ベーグルをつくる会』的なものを企画した。非常にありがたいことに友達が友達を呼んでくれて開催日には20名近い男女が集まった。会は非常に和やかに進み、わたしはご満悦だった。別にこれを定期的なものにするつもりは皆無だったけれど、参加者のひとりが「すごい楽しかったです!次はなにをやりますか?」なんてことを尋ねてくれるものだから、わたしは「え!次なんてあるの!」と驚愕をした。次のことなんて考えてなかった。でも、みんなでなにかをやるのは楽しいなあと思って、以後、料理教室のようなものは定期的に開催されるようになり(ここら辺が自分はウルトラ幸福者だなあと思うのだけれど)呼んでもいないのに大量の参加者がぞろぞろ集まるようになり、やがて県外や国外からも謎のオファーが来るようになって『料理教室』はわたしの生業のひとつみたいなことになっていった。

 

GOOD MORNING BABIESの終焉。

これまでの日々で料理なんてまったくやったこともない人間が「料理教室のようなもの」をやることになる流れは愉快だなあと思った。が、わたしは別に料理が好きな訳ではなくて「普段はやらないことをやること」に対して強い興味があるだけだったので、料理教室の名前は『GOOD MORNING BABIES』という料理教室らしからぬ名前にした。精神的に病んでいたわたしは「ああ、俺は死んだんだな」と思っていた。鬱病のしんどいところは「普段は感動できるあらゆるものに対して自分の心がまるで反応をしなくなる」ことだと思うけれど、何をしてもつまらない、何をしても新鮮な感動を覚えることがない状態になっていたわたしは生きていても何もいいことはないだろうなと思っていた。が、料理をしている時間だけは「ああ、楽しいなあ」なんて思っていた。自分の中にまだ死んでいない部分があるということがものすごく嬉しくて、静かな感動を覚えていた。そこで名前は『GOOD MORNING BABIES』とした。バカっぽくていいなあと思うし、自分の中にある「まだ死んでなんかいなかったこどもの部分が目覚めるような時間や空間になればいい」という思いを乗せた。

 

結果的にGOOD MORNING BABIESの活動は3年程度続けた後に、わたしの自意識の暴走により解散をする。最大の理由は「いつの間にか、自分が楽しいからやっていたはずの活動が『お客さんは楽しんでいるだろうか??』なんてつまらないことを気にするようになってしまい、お客様満足が最優先されるようになってしまったから」というものになる。わたしが楽しませたい人間は他の誰でもない『自分自身』であったはずなのに、元来、まじめ気質が強めのわたしは「お客様が楽しんでくれてはじめて自分も楽しめる」なんて状態になってしまっていた。多分、楽しみには二種類ある。ひとつは「まずは自分が率先して楽しみ、その楽しさが周囲の人間にも伝染する」タイプの楽しさで、もうひとつは「まずは一緒にいるひとが楽しんでくれることを優先して、周囲のひとが楽しそうな姿を見てはじめて自分も楽しむことができる」というタイプの楽しさ。わたしは完全に後者に成り下がっていたが、これは楽しさというよりも『安心』に過ぎないことを悟った。安心の裏には「(お客様は楽しんでくれるだろうかという)不安」が常につきまとう。こんな生き方は嫌だと思った。ひとの顔色を伺い続ける自分を死ぬほどダサいと思ったので、GOOD MORNING BABIESの活動を一旦やめて(まずは自分を徹底的に楽しませるという意味合いを込めて「とにかくやばいことだけをやる」というコンセプトで)いばやという活動をはじめたのが今から四年ほど前のことになる(その後、わたしは家を失い『家のない生活』に突入をする)。

 

GOOD MORNING BABIESの復活。 

いま、再び「GOOD MORNING BABIESの活動を再開したい」ということを思う(もしかしたら、単純にGOOD MORNING BABIESと言いたいだけなのかもしれない)。BABIES【自分のなかにあるこどもの部分】がGOOD MORNINGをする【目覚める】ような時間や空間を創出したい。堅苦しい表現を抜きにすれば、いわゆる『童心』を再び取り戻して、社会的にどのような立場にいるとか一回全部取っ払って「一緒に遊ぶ」ことができたら嬉しいと思っている。多分、誰のなかにもこどもの部分は眠っている。どれだけ年齢を重ねたとしても、こころの中には小さなこどもが潜伏をしていて、それは外に飛び出せる瞬間を待っている。私達【おとな】の仕事は、自分のなかにいるこどもを楽しませること。綺麗な景色を見せてやること。広い世界を見せてやること。新しいことに挑戦をさせること。泣きそうなときはしっかりと抱き締めてやること。生きる希望を与えること。世界は生きるに値する場所なのだということを、柔らかに示すことなのだと思う。

 

GOOD MORNING BABIESの活動はなにも料理教室に限らない。そもそもで「(普段やらないことをやるのは好きだけど)俺は料理がそれほど好きではない」という非常に根本的な事実に(3年もかかって!)気がついて料理教室的な習慣を辞めた自分からすると、GOOD MORNING BABIESの活動内容はなんでもいい、ただ「その営みを通じて童心を目覚めさせること」さえできたら、それがゴールなのだと思う。前回の記事で『あふれちゃん』について軽く触れた。すると、ブログ読者の方から素晴らしすぎるご連絡が届いて驚愕をした。何気なく発した一言が、誰かの人生を大きく変えることがある(まったく変えないこともある)。それが人生の面白さであり、あの頃、半年間の寝たきり生活を経なければGOOD MORNING BABIESも何もなかったのだなと思うと、なにがどのように転んでどのような果実を実らせるものなのかわからないものだなあなんて不思議な気持ちになる(そして少しだけ『自由』を感じる)。

 

【過去記事】大袈裟だけど、生まれてきてよかったとか、地球最高だなとか、そんな風に思うDAYS! - いばや通信

 

自分を大事にするから弱くなる。最近はそういうことを思う。これが自分だ、なんて思う自分が固まってきたら、そんな自分を蹴飛ばしてやる。ひとの目が気になると思う時、それは「自分の目」を気にしているだけなのだろう。自分自身が凝り固まってきた時は、何度でも自分を打ち壊して、何度でも自分を更新する。多分、半年間の寝たきり生活の中で「自分は一回死んだ」のだと思う。一度死んだものだと思えば、恐れるものなどなにもない、残りの日々は神様から与えられた「おまけ(ボーナスタイム)」みたいなものなのだろう。昨日、静岡市内にある温泉にはいった。鏡に映る自分の裸と対峙をした時に「俺はこれで生きていくんだな」ということを思った。そして、嬉しさにも似た静かな感覚がこみ上げてきて「望むところだ」ということを思った。多分、幸福になるヒントは「付け足すことより、削ぎ落とすこと」の中にある。余計な見栄もプライドもかなぐり捨てた時、最後に残るものに自分の生涯を賭けていきたい【駆け抜けていきたい】のだと思った。

 

 

坂爪圭吾さま

 

単なるブログ読者の七海といいます。

 

あふれちゃんに関してあふれちゃんになったので
メールしています。

 

圭吾さんはラインのほうが楽とか前に書かれていたけれど
自分はラインをやってないし
お返事を期待して書いているわけじゃなく
あふれちゃんなのでその勢いで書いています。

 

わたしは「あふれちゃん」をずっと押さえて生きてきてしまいました。

 

ものすごーく強いあふれちゃんが自分のなかに沢山いたのに
いろんな状況・人・自分の役割などまわりのことを優先して
ずっとずっとあふれちゃんを抑え込んできてしまいました。

 

さっき、自分に謝りました、ごめんね、ごめんね、って。
ものすごく泣きました。

 

自分は乳がんが骨→肝臓へと転移してしまったのだけれど
あふれちゃんを大事にしてこなかったことも
その原因のひとつだと自分は分かりました。

 

3歳の息子が日々あふれちゃんで
そのお手本をずっとずっと見せていてくれてたのに
それに気づけませんでした。

 

でも、圭吾さんの記事を読んで気づけた。
今朝、すごく分かった。
今、打ちながらも涙を流しています。

 

あふれちゃんを教えてくれてありがとうございます。

 

あふれちゃんを教えてくれた圭吾さんに
わたしが感動・感謝した
何千倍ものハッピーが降りそそぐと信じています。

 

お体、お大事に!

 

あふれちゃんをキーワードに生きていくぞーい!!!
の○○○○より

 

https://www.instagram.com/p/BRZMqPyDFOH/

GOOD MORNING BABIES

 

人生は続く。

 

坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE http://urx2.nu/xkMu 

 

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