いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

マイナスに賭ける。

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ボロは着てても貯金は五億。前回のブログ記事で「高松に行くけれど、宿はない」と書いたところ、それを見てくれた香川県在住のK様から「坂爪さんさえ宜しければ、おすすめの宿【ゲストハウスまどか様】を予約させていただいてもよろしいでしょうか」という連絡が届く。私は「ありがとうございます!」と返信をする。神様はいるのだと思う。優しさは連鎖をする。その後、K様から「坂爪さん!宿の方が坂爪さんのことをご存知で、宿代はいりませんという連絡をいただきました!ご縁って本当に素敵ですね」という報告が届く。私は驚愕をする。神様はいるのだと思う。

 

【過去記事】正しさよりも「楽しさ」だ。 - いばや通信

 

これから高知県に行く。交通手段をどうしようかと思っていた矢先、高知県在住のH様から「土曜日は時間があるので、もしよければ香川県まで車でお迎えにあがります」という連絡をいただく。神様はいるのだと思う。三日前は大阪在住のS様のご自宅に、一昨日は大阪在住のY様に中津の宿を予約していただいた。昨日の朝は、大阪在住のY様にグランフロントでモーニングをご馳走していただき、その後、次の予定がはいっていた舞子駅までの電車の切符まで購買をしていただいた。舞子では、数年前にイベントを企画していただいたT様から豪華な海鮮丼をご馳走していただく。神様は遍在をする。私は、完全に生かされているのだと思う。もう、何も文句は言ってはいけないのだという気持ちになる。

 

※※※ おかげさまで、高知の宿は決まりました ※※※

 

なぜ、おはなを配るのか。

二日前、大阪のグランフロント南館2階にあるKomin Cafeというお洒落なお店を勝手に使って、ご来場いただいたみなさまに「おはなをあげる」時間を設けた。直前の告知だったにも関わらず、10名近い方々が各地から足を運んでくださり、私と、共同主催者のたくちゃん【大学生の男の子】はとても嬉しい気持ちになった。結果的にそのお店には5時間近い滞在をして、隙間時間にはグランフロントの中を何度も散歩した。同じ場所で長い時間を過ごしていると、徐々に「ここは俺の家だ」みたいな気持ちになる。自分はグランフロントの住人で、お越しいただいた方々には「ようこそ我が家へ」みたいな気持ちになる。

 

来場者のみなさまに「なぜ、おはなを配るのですか?」と問われる。私は、単純に「おはなが好きだからです」などと答える。そんな風に答えながらも、正直、自分でもなんでおはなを配っているのかよくわからない。よくわからないけれど、いま、この瞬間は間違いなく「おはなを配っていなければ絶対に発生することのなかった瞬間」であり、私は、もしかすると「あなたに会うため」におはなを配っているのかもしれないなどと思う。なぜ、おはなを配るのか。それは、あなたに会うためです。非常に気持ち悪い響きになるかもしれないけれど、否、非常に素敵な理由にもなり得るような気がした。

 

ボロは着てても貯金は五億。

どうしてなのだろうか、数日前から「ボロは着てても貯金は五億」という言葉が頭から離れない。前に読んだ本に、インド在住のヨギーのおじいさんのことが紹介されていた。そのおじいさんは「私は、いま、二つの年金に支えられて暮らしています。ひとつは、これまで働いていた会社から支給をされる年金です。そして、もうひとつは『魂の年金』です。魂の年金というものは、毎日太陽の光を浴びれることとか、美しい自然を眺めることができるということ、こうして新鮮な空気を吸うことができて、ひとと話ができるということです。私は、この二つの年金のおかげで、とても幸せに暮らしています」と話していた。

 

私は「魂の年金っていいな」と思う。自分が特に何をしたからでもない、ただ、自然や宇宙から一方的に与えられ続けるもの、はじまりもなければ終わりもない、途絶えることなく永遠に与えられ続けているもの。年金というネーミングセンスはどうなのかということは置いておいて、そういったものに常に感謝できる精神の状態は非常に健康だと思う。だからなのだろうか、そのことを忘れたくない気持ちがあるからなのだろうか、昨日から「ボロは着てても貯金は五億」という言葉が頭から離れない。もちろん、現在の私には五億円もの貯金はない。貯金そのものがない。しかし、気持ち的には「五億円にも相当する貯金【魂の年金】を持っているのだ」と思っていた方が、なんというのだろうか、非常に前向きな効果を及ぼすような気がしている。

 

私のような弱者には、何かを所有し続けるための金も根気も勇気もない。乱暴な言葉でまとめると、所有は人間の自由を大幅に奪うような気がしている。何かを所有するということは、同時に、それを守り続けるために必要な諸々の事務的な手続きや管理、金銭的・精神的な負担の発生を意味する。私には、多分、グランフロントを一時的な自宅にするだけで充分なのだと思う。所有をすることはできない(あまり所有をしたいとも思わない)。ただ、自分がそれを使っている間は「自分のものだと言えるかもしれない【誰のものでもないからこそ、みんなのものになり得る】」というゆるい繋がり、そういったものの中で暮らしていけたら充分なのかもしれないと思う。多分、結婚も仕事も同じだ。相手を自分のものだと思うから辛くなる。ただ「一緒にいる間は、自分の恋人【同僚・友達・家族】なのかもしれない」くらいの繋がりが、自分には心地よいのかもしれないと思う。

 

『獄中からの手紙』

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今回の「わたり文庫無料郵送の一冊」は、ガンディー著作『獄中からの手紙』です。ガンディー入門書は様々なものがありますが、こちらの本は非常に易しい文体で書かれているために、最適な一冊になるものかと思われます。ご希望される方は何かしらの方法で坂爪圭吾までご連絡ください。御当選(?)された方には70万時間以内に折り返しご連絡いたします。

 

※※※ こちらの本は、東京都にわたりました ※※※

 

死すべきこの肉体のうちに真理を完全に実現することが不可能だとわかったとき、古のある真理の探究者はアヒンサーの真価に気づいたものと思われます。彼が直面した問題は「わたしに苦難をもたらす者たちを恕すべきか、それとも打ちのめすべきか」ということでした。他人を打ちまかそうとやっきになっている人は、前進することなく、ただその場に立ち尽くしているだけです。これにたいして、禍(わざわい)をもたらす者をも寛恕(ゆる)す人は、自ら前進するとともに、ときには敵対する他者をも共に連れ立ってゆくことを、かの求道者は悟ったのです。最初は害をなす者をやっつけようとしましたが、そうするうちに、己の探究の対象である真理は自分自身の外にではなく、内にあることを学んだのです。それゆえに彼は暴力に訴えれば訴えるほど、ますます真理から遠ざかってゆくのです。なぜなら、外なる仮想の敵を忘却していたからです。ー ガンディー『獄中からの手紙』【岩波文庫

 

【参考HP】わたり食堂・わたり文庫

 

マイナスに賭ける。

昨日、いばやの徹君と電話をした。いばやの人達と話をすると元気になる。なぜ、元気になるのだろうか。最大の理由は「常に彼らは体を張っている」からであり、言い方を変えると「常に死ににいっている【マイナスに賭け続けている・得を積むのではなく損を積む】」からだと思う。徹君は、先日、栃木県で結婚式の動画を作成する仕事をしていた。当初は有料でやっていたものの、いろいろと思うところがあり、これからは無償(!)でやることに決めたと話す。私は、それを聞いて笑った。相変わらず死にに行ってますねえと愉快な気持ちになった。笑っていたら、元気になった。そして「よし、俺も死のう。マイナスに賭けよう」という非常に前向きな気持ちになった。

 

マイナスに賭ける。無難な道ではなく、危険に賭ける。得をしようとするのではなく、損をする。自らを生かそうとするのではなく、自ら進んで死にに行く(葉隠れの精神にも似ているような気がしてきた)。なぜ、このように後ろ向きな思いを抱くことが「人間の気持ち【少なくとも自分自身】を前向きにさせる」のだろうか。私は思う。多分、ジョイの日本語訳は『無駄』だと思う。こんなことをやって何になるのだろうかと思うこと、そんなことをやっても何にもならないじゃないかと思うこと、要するに「無駄だと思うこと、それこそがジョイ」なのだと思う。意味はない。価値もない。明確な目的も理想も着地点もない。圧倒的な無駄。無駄こそがJOY。意味があるから良いのではなくて、意味がなくてもよい、何にもならなくても良い、ダメでもいい【ダメでもいいという言葉はほんとうにすごい言葉だと思う。ダメでもいいということは、×でも○ということで、黒でも白ということで、二元論的な価値判断が消える。善悪が消える。美醜が消える。失敗が消える。乱暴な言葉でまとめると「何をしてもいい」ということになる】。

 

これから高知県に向かうものの、当初予定をしていた今晩の宿は泊まれない流れになり、またしても漂白の予定になってしまった。私はどうなるのだろうか。この「どうなるのかわからない」ことが日々の醍醐味であり、結末のわかる映画を見たいとは思わないように、どうなるのかがわかるから生きるのではない、どうなるのかがわからないから生きるのだと思う。そんな言葉で自分を励ましている。マイナスに賭ける。徹君は「けいごさんのブログは、僕たちを鼓舞してくれる『コブログ』です」と話す。徹君に、ありがとうと思う。自分も、徹君たちの存在に強く励まされている。私は弱者で、弱者ほど、強い言葉を好む【弱い犬ほどよく吠える】ものだ。自分を鼓舞し続けながらこれからも、私は、どうなるのかわからない道を好き好んで歩き続けたいのだと思う。

 

 

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人生は続く。

 

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