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いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

最高の健康法は「怒らない」こと。

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果物を食べていると「フレッシュ!」と叫びたくなる。タイから帰国してからというもの、すこぶる体調がよい。体が軽い。多分、1日の最初に口にいれるものは「果物!絶対に果物!」という実験が功を奏し続けているからだと思う。感覚的に、空きっ腹に果物をぶちこむと全身に浸透をするイメージがある。果物、野菜とレイヤーを重ねて、最後にごはんや肉を投入する。すると、なんだろう、私は朝起きた時に胃がもたれている感覚を覚えることが多いのだけれど、それが消える。便通もよくなる。日中のけだるさも消えて、短時間睡眠でも目覚めがよくなる。一説によると「空腹を維持すると五感が研ぎ澄まされ、なんなら幸運度があがる(!)」という話も聞いた。1日の最初に口にいれるものは、果物に限る。

 

今、鹿児島にいる。

 

早朝に目覚めて「かごっま温泉」という公衆温泉浴場に足を運んだ。そこには『塩風呂』というものがあり、全身に塩を塗りたくった後に5〜10分ほど寝かせ、シャワーで塩を流した後に温泉に入るという流れになるのだけれど、実際に試した結果「こんなにも肌はトゥルットゥルになるのね!」とアゴが外れた。先日、伊勢神宮に奉納されている「岩戸の塩」という最高級の塩をもらった。値段を聞くと360グラムで2500円程度(!)ということで、私は震えた。この塩を、先日、ある方に贈呈した。その方は、それを全身に塗りたくって風呂にはいったのだと話した。すると、その、あまりにも高いデトックス効果に強い感動を覚えたのだと話してくれた。その話があったからの、かごっま温泉の塩風呂である。結論から言うと「最高!」で、2500円の塩も、ある種の美容グッズだと思えば高い買い物ではないのかもしれない。

 

身体性を取り戻す。

塩風呂が極めて効果的だと聞いてから「じゃあ、海水浴は最高ということだね!」と閃いた。海は塩の宝庫だ。先日、マレーシアのランカウイ島に足を運んだ際に、金はないけど時間はあるので「砂浜に四時間寝る」的なことをした。本当は、ビーチには有料のいい感じのベッドが並べてあったのだけれど、私にはその金がなかった。観光客たちが日除け傘の下に並べられたリクライニングチェアーに寝そべっている横で、私は、自分のカバンを枕にしながら砂浜にダイレクトに寝た。大量の日光を浴びる。ビタミンDが気持ちいい。うとうととする。そのまま眠りに落ちる。砂には「邪気を吸い取る」力があると聞く。四時間ほど横になっていたからなのだろうか、謎に、私の背中から大量の邪気が吸い取られているような気がした後に、私は、強烈な腹痛に襲われた。

 

人間の腸の中には腸壁と呼ばれている部分があって、誰の中にも、腸壁にへばりつくような形で「宿便」があると聞く。砂は、その宿便を取り除く効果があるらしい。腹痛の原因は、おそらく、腸壁から宿便が剥ぎ取られている時の痛みだったのだろう。トイレに向かい、ことを済まし、私の体の軽快度は急上昇をした。そして「人間の身体は面白い!」と痛感をし、そこから、私の「健康と身体性を取り戻す」という挑戦ははじまる。ランカウイ島のビーチには、観光客相手に仕事をする若い現地人の男性たちがいる。彼らの身体は精悍で逞しく、ビジュアル的にも美しい。私は「しなやかなボディにしなやかなマインドは宿るのだろう。私も、このようなボディを身に付けたいものだ」と思い、頭ばかりを使っている自戒の念も込めて、身体性を取り戻す日々を送りたいと改めて思った。

 

人間の免疫力を高めるのは「日光浴・月光浴・森林浴・海水浴・温泉浴」の五つがあるのだと聞く。私は自然を愛している。金はなくても、仕事はなくても、友達はいなくても、生きている人には話せないことがあっても、それでも「俺のバックには山がついている」のだと思う。それだけで、私は元気になることができる。海に入ると元気になる。塩の力なのだろうか、傷の治りも早く、身体中の電気が抜ける感覚がある。夏は海。冬は温泉。移動の多い生活の醍醐味は「全国各地の温泉を巡れること」にある。これから熊本に向かい、福岡を経由して広島に向かう。広島ではどなたでもご参加いただけるトークイベントが開催される予定になっておりますので、どなたでも、時間のある方はお気軽に遊びにいらしてください。

 

【満席御礼!】坂爪圭吾さんお話会 広島 〜わたり人間 across the Universe〜

 

気の力。

目には見えない「気」の力を意識する。先日、超絶高級なホテルのラウンジで一杯2000円近くするTEAをご馳走になった。私の心は「はうあ!」と失神をしかけていたけれど、冷静に考えると、これだけ素晴らしい調度品に囲まれて気の行き届いた空間の中で時間を過ごすことの中には、余裕で千円を超える価値があるのかもしれないと思った。私は、神社が好きだ。多分、気の流れが好きなのだと思う。目には見えない「気」の流れのようなものは確実にあって、良い感じの飲食店にはいると「ここは感じのいい店だな」と思うし、空気が停滞している飲食店にはいると「ここは空気が停滞をしているな」と思う。

 

多分、人間も同じだ。

 

最近、料理を食べる時に「どれだけの思いが込められているか」を意識する。極端な話、コンビニの弁当などは料理というよりもマニュファクチュア【製造品】に近い気がする。同じといえば同じことなのだけれど、私は、どうせ口にする【自分の肉体の一部になる】なら丁寧に作られてたものを食べたいと思う。決して、高級なものを食べたいという訳ではなく、誰が、どのような思いでそれを作っているのか、その目には見えない思いのようなものが「気」となり、食材の中にも浸透するような気がする。嫌々働いているひとの仕事には怨念がこもり、よろこびと共に働いているひとの仕事には福音がこもる。だからこそ、私は、非常に利己的で傲慢な響きにもなるけれど「生きとし生けるものが、みな、よろこびと共に生きられますように」と切に願う。

 

『整体入門』

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今回の「わたり文庫無料郵送の一冊」は、野口晴哉著作『整体入門』です。身体性を取り戻すことを意識した途端に、この本が手元にあらわれて非常にびっくりしました。誰でも、何処でも、いますぐに試せる実例の数々が非常に面白い一冊です。最近のマイブームは「合掌行気法」で、暇な時間を見つけては瞑目をしている昨今です。ご希望される方は、何かしらの方法で坂爪圭吾までご連絡ください。御当選(?)された方には70万時間以内に折り返しご連絡をいたします。

 

※※※ こちらの本は、鹿児島県にわたりました ※※※

 

『合掌行気法』 

その方法は、まず合掌して指から手掌へ行きを吸い込んで吐く。その合掌した手で呼吸する。やっていると手掌がだんだん温かくなり、熱くなり、むずmずう蟻のはうような感じがしてきたり、涼風感があったりするが、そのまま呼吸を続けると手掌がだんだん拡がって室内一ぱいになり、「天地一指」という感じになって、自分がどこへ坐っているのか、脚も体もなくなって、ただフカフカした雲の中に合掌だけがあるというようになる。

 

『背骨への行気』

疲労したり、体力の喚び起こしを必要とする時は、背骨へ気を通す。その方法は背骨で息をすること。背骨に息が通ると汗が出てくる。背骨の硬いところは通りにくいが、通ると「可動性」が出てくる。息を通すつもりだけでも、やっていると息が通ることが判る。その方法は、ただ背骨で息をすること。方法は簡単だが、精神が統一すると体の力はいっせいに発動する。正坐でも倚座(腰かける形)でも、立姿でも臥姿でもよい。初めは瞑目してやる。できるようになったら、眼を開いたままでもやれる。慣れれば歩行中でも、仕事をしながらでもできます。決断することの遅い人、行動の鈍い人などは特に変わる。病気の経過の遅い人も、栄養物を食べても道ない人も、これを行なうと、それまでと異なった活気のある体になる。しばらくすると体の中には勢いが湧いてくることが判ります。

 

『気をおくり、通す法』

愉気法というのは、他人の体に息を通すことである。離れていても、手をつないでいても、その部分に手を触れていてもよい。自分の気を相手におくるつもりで、気をこめて息をおくる。それだけである。静かな気、澄んだ気がよい。強くとも荒んだ気、乱れた気はいけない。ー 野口晴哉『整体入門』【ちくま文庫

 

【参考HP】わたり食堂・わたり文庫 

 

最高の健康法は「怒らない」こと。

鹿児島に来る前は名古屋にいた。最近、私は『あるヨギの自叙伝』という本に興味があり、しかし、定価が4500円程度(!)するために手が出ないなあと思っていた。その話を、名古屋で出会った女性に話したら「あの、今日、私、さかつめさんにちょうど5000円をあげようと思っていたのです。もしよろしかったら、それで本をプレゼントします!!」と言ってくれた。私は「なんだこれは!」と震えた。これも果物パワーなのだろうか。空腹を維持すると幸運度があがる、これは真実だった(のかもしれない)。頭の中でスティーブ・ジョブズの名言「ステイ・ハングリー」という言葉がこだまをした。これは余談になるけれど『あるヨギの自叙伝』という本は、ハワイに行くスティーブ・ジョブズiPad2に唯一ダウンロードされたいたことで有名な本になる。

 

 

本を購買した流れで浮き足だっていた私は、女性に連れていってもらうがままに本屋さんの近くのカフェに入った。私は、本を手に入れた興奮で気が気ではなかった。女性は話す「私は今月で仕事をやめて、来月からは東京に引っ越しをします。いままで生きてきて、愛知県を離れたことがなかったのでこれから新しい人生の門出を迎えようとしているのですが、こうして新しい一歩を踏み出す勇気をもらえたのも、坂爪さんの言葉があったおかげなんです。なので、今日は、そのお礼を伝えたかったのです」と話す。ひとは優しい。不思議な出来事は起こる。生きていればいいことがある。私の頭の中では、そのような言葉が響き渡る。ひとは優しい。不思議な出来事は起こる。生きていればいいことがある。

 

 

怒りは人生を駄目にする。多分、最高の健康法は「怒らない」ことだ。怒らないということは「ひととを咎めない」ということで、ひとを咎めないということは「ひとと争わない」ということだ。現在のようなあまり意味のわからない生き方をはじめて、およそ4年の月日が流れた。自分を楽にしてくれた考え方のひとつに「ひと並みをやめる」というものがある。私は、家のない生活を始めた頃、否、実際は大学を途中で退学した(あるいはこの世に生まれた落ちた)時点で「ひと並みであることを諦めた」のだと思う。ひと並みを放棄したらこの世の中で生きて行くことなんてできないんじゃないかと思っていた時期もあったけれど、蓋を開けてみたらなんじゃらポン、ひとは優しい、不思議な出来事は起こり、生きていればいいことがある。自分は自分であり、相手は相手である。冷たい意味での一線を引くのではなく、お互いに敬意を込めた対話を重ねることができる限り、そのままでいいし、多分、そのままだからこそいいのだと思う。

 

 

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人生は続く。

 

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坂爪圭吾 KeigoSakatsume
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