いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

心配よりも信頼をしよう。

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熱海の家がもしかしたらなくなるかもしれない(今世五度目の家なし生活)事件を抱えている身ではあるものの、昨夜、国分寺で開催されたイベントに登壇をした。参加者の皆様が猛烈に素晴らしい方々ばかりで、終了後に個別で話せた時間は最高に輝いていた。「ブログに励まされています!」なんて言われると、こちらも「いえいえ!いま、あなたの存在にウルトラ励まされていますから!!」という気持ちになる。

イベント中、参加者の女性から「所持金はいくらですか?」という、非常に真っ直ぐな質問を受けた。私は、ポケットの中にあるお金を取り出して見たら全部で332円だったので「332円です」と答えた。すると、会場全体になんだか(同情や憐憫や困惑のミックスジュース的な)非常に微妙な空気が流れてしまって、ああ、こういう時はもっとポップに自身の現状を晒す必要があるのだなあと学習をした。

いばやメンバーとの会話【概念の先に行く】

イベント終了後、三軒茶屋にある友達の家でいばやメンバー達と合流した。私はいばやの人達を愛していて、この人達と一緒にいると如実に癒される。いばやの共同代表でもあるMAYUCHAPAWONICAさんは、現在、大阪は梅田にあります家賃14万円のマンションに恋人の男性と一緒に住んでいるのですが、所持金が28円という強者でもあり、私が「今日は332円しかなかったんだよ」と言うと、MAYUCHAPAWONICAさんは「お金持ちだねえ」という言葉を与えてくれた。

私が「もしかすると、熱海の家を出ないといけなくなるかもしれないんだ」という話をすると、MAYUCHAPAWONICAさんは笑いながら「わたしもいまの家の家賃が払えなければ、あと4日で出ないとだからね!あと100時間だよ!」みたいなことを話してくれて、ああ、この人達はなんて素晴らしい愚か者達なのだろうかという気持ちになった。自分がダメな時、自分以上にダメな人達に励まされることは多い。現状を共に嘆き悲しむだけではなく、現状を共に笑い飛ばせる人達の存在は大きい。

そんなMAYUCHAPAWONICAさんが、自身のブログで超絶最先端な内容の投稿をしていた。「概念の先に行く」というのはまさにそうで、私は、いまの私の生き方にまだ名前をつけることができないでいる。私の生き方を『旅人』とか『吟遊詩人』とか『ロクデナシ』とか『托鉢僧』とか『ロックンロール』みたいな言葉で表現してくださる方々もいるけれど、多分、私は「まだ世の中に名前のない生き方をしたい」のだと思っているのだと思う。最高におすすめなこちらの記事、是非、ご覧ください。


熱海の家のこれから【終わりははじまり】

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熱海の家の名義は、現在、坂爪圭吾ではなく購入をしてくれた方のものになります。ちょっと説明しきれない事情により、現在、私に残されている選択肢は「坂爪圭吾が名義人になってこの家を引き継ぐか、家を手放し、家なし生活を再開する」という二択になります。家を譲っていただけるということは非常にありがたい話でもあり最大限の感謝しかないのですが、家を所有するということは「どうしたって月々の固定費(月額3万円程度)が発生する」ということでもあり、なう、私はそこに躓いています。

現在の私の心境は「自分が名義人になることはないだろう。だけど、熱海の家や畑や自然は大好きだから、何かしらの面白い形で使ってくださる人がいれば一緒に何かをやれたらいいと思っている」という、非常に絶妙なポイントにあります。最終的な結論は今月中(遅くても11月中!)には出したいと思っていて、非常に乱暴にまとめると「固定費の問題さえどうにかなれば、是非、維持をしたい!」ということになります。

ここで、愛するブログ読者の皆様(あなた!目の前のあなたです!)にお願いがあります。今世の坂爪圭吾のテーマは「自分で決めない」ということで、何かこう、この家をこう使ったらいいんじゃないのかな的なサムシングが奇跡的に閃きましたら、いつでもお気軽にご連絡をいただければ幸いです。変な言い方になるのですが、決して同情や憐憫を求めている訳ではなくて、感覚としては「自分が行きたいと思う未来に一緒に行く!」ひとを求めている、というような心境です。

坂爪圭吾 keigosakatsume
keigosakatsume@gmail.com

「売る・買う」より「あげる・もらう」【自分の命を生きる】

この家の体験を通じて、改めて「自分は『売る・買う』の関係よりも『あげる・もらう』の関係が好きなんだなあ」ということを感じた。私は、昔からお金を稼ぐことが非常に苦手な人間であり、それはいまでも変わらない。たかだか月々3万円という額でさえも、まともに稼ぎ続ける自信がないのだ。もしかしたら熱海の家に住めなくなるかもしれないとなった時、私の思考は「頑張って3万円を稼ごう!」という方向ではなく、よし、いつでも托鉢に出られる精神の準備をしておこうという方向に向かった。

昨夜、国分寺で開催されたイベント終了時に、主催者の方が「私は坂爪さんを生かしたいという思いから、このイベントを企画しています。言い換えると、坂爪さんみたいなひとが生きられないような社会にはしたくないという思いがあって、だから、お越しいただいた皆様にカンパをお願いしています」という声かけをしてくれた。主催者の方は、イベント開催に関わるすべてを、完全に無償でやってくれている。月並みな言葉になるけれど、この思いに、このこころに、この結び付きに、私はいつも支えられている。

現在の私の暮らしは、完全に貰い物で成立をしている。宮城県からは干し芋の数々が届き、愛知県からは10キロの玄米が届き、実際に出会った方々からは飲み物や食事をご馳走してもらった。これだけ多くのものを貰い続ける日々の中にいると、変な言い方になるけれど「(心の底から)ちゃんと生きよう」という気持ちになる。この「ちゃんと」とは、世間一般的な意味でのちゃんとではなく、たとえ世間一般的な生き方とは異なるものだとしても「自分の命をちゃんと生きよう」という思いになる。

『生の短さについて』

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今回の「わたり文庫無料郵送の一冊」は、セネカ著作『生の短さについて』です。こちらの本は、国分寺のイベントを主催してくださった方が「表紙の文章が素晴らしいと思って」という言葉と共に、お譲りいただいた一冊になります。ご希望される方は、何かしらの方法で坂爪圭吾までご連絡ください。御当選(?)された方には、70万時間以内に折り返しご連絡をいたします。

※※※ こちらの本は、静岡県にわたりました ※※※

生は浪費すれば短いが、活用すれば充分に長いと説く『生の短さについて』。心の平静を得るためにはどうすればよいかを説く『心の平静について』。快楽ではなく、徳こそが善であり、幸福のための最も重要な条件だと説く『幸福な生について』。実践を重んじるセネカ(前4頃-後65)の倫理学の特徴がよく出ている代表作3篇を収録。新訳。ー セネカ『生の短さについて』【岩波文庫


心配よりも信頼をしよう。

トークイベントの際、参加者の方が「坂爪さんのご両親はどのような人柄なのですか?」と尋ねてくれた。私は、ああ、こういう質問はとっても嬉しいなあと思いながら「私は両親のことを心の底から尊敬していて、尊敬している理由は100億個くらいあるのですが、何よりも『息子がこれだけ意味不明な生き方をしているにも関わらず、それを理解している訳でもないのに(理解をしないまま)温かく見守ってくれていること』です」というような返事をした。

私は、10代の頃から長髪の金髪で酒とタバコを嗜み原チャを乗り回して学校も全然行かない、みたいな非常に判り易い形で親とのバトルを散々に繰り返していた。親から「学校に行け!」とか「大学に行け!」とか「就職しろ!」などと言われていた時期は、私も私で「いやだ!絶対にいやだ!」と反抗を続けていたが、良い感じに私を諦めてくれた親が「あなたには何を言っても無駄ね。私は、ただ、あなたが元気で生きていてくれたらそれだけでいいわ」と思うようになり、私も、結果的に何も反抗するものがなくなったために「俺もしっかりと生きよう」と思うようになった。

心配をする人の特徴として、多分、相手のことを思いやる以上に「そのひとのことで自分が精神的・肉体的に煩わされることが非常にいやだ」という独善的な思いもあるのだと思う。私は、心配よりも信頼の力を信じる。MAYUCHAPAWONICAさんの言う通り、そのひとの生命力を信じて、ある種の放任主義の名のもとに「信頼をして、ほったらかす」ことができれば、それを受け取る側の人間も「うおおおおおおおおお!!」と勝手に発奮をして、結果的に(勝手に)真面目に生きはじめるものだと思っている。心配よりも信頼をしよう。否定的な力を投影すれば、世界はいくらでも心配の種を撒き散らしてくれる。肯定的な力を投影すれば、同じように、世界はいくらでも信頼の種を撒き散らしてくれるのだと思う。


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人生は続く。

静岡県熱海市伊豆山302
坂爪圭吾 KeigoSakatsume
TEL 07055527106 LINE ibaya
MAIL keigosakatsume@gmail.com
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