いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

生き延びることより「生きたいと思う」こと。

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バンコクを経由して東京に戻り、熱海に来た。明日26日(火)は、東京都国立市で開催されるトークイベントに出演します。誰でも自由に参加できる内容になるので、興味のある方は気軽に遊びにいらしてください。水曜日からは関西方面に向かいます(近未来、奈良県の村々や和歌山県紀伊半島に足を運んでみたいです)。

【イベント詳細】坂爪圭吾さんお話会

最近思うことあれこれをまとめます。

1・ダサい人間が感謝をされることは少ない。


最初は、ただ、自分がやりたくてやっていた【そうできることを感謝していた】だけのことなのに、やがて、周囲の人間に対して「自分はこれだけやっているのに、なぜ、認められないのか」的なことを思うことがある。そんな時、私は、自分が感謝をされたがっているのだということに気がついて「ダセえ!」と思う。感謝をされたがっている瞬間の自分はダサく、ダサい人間が感謝をされることは少ない。

2・最優先事項は「自分を楽しませること」


頻繁に耳にする言葉に「ひと様に迷惑をかけなければ何をしてもいい」というものがある。しかし、何をしたって一部のひとには露骨に迷惑にぶっかけてしまうというのが世の常だ。たとえば、私【坂爪圭吾】が生きているだけで「消えろ!目障りだ!迷惑だ!」と喚き叫ぶひとがいる。彼らには誠に申し訳ないけれど、生きている限り消える訳にはいかない。私は、私を嫌うひとの為に自害をするほど聞き分けのいい人間ではない。

3・人生とは、自分との心理戦である。


何かをしたら「笑われるかもしれない【誰かに馬鹿にされるかもしれない】」とビビってひるんでしまうことがある。しかし、中島みゆきのファイト!の歌詞にも「闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう」とあるように、ひと様を馬鹿にする人間は基本的に闘っていない豚である。真の敵は己自身であり、人生とは「【世間的な過干渉(余計なお世話)とのバトルではない】自分との心理戦」である。

4・愛想笑いは「生きる力」を剥奪する。


あなた、いま、絶対に元気ないでしょ!その笑顔、ウルトラ無理をしているでしょ!と感じてしまうひとの笑顔、困っているような、泣いているような笑顔を見ていると胃と心臓が痛くなる。悲しみに寄り添いたくなる時もあるけれど、端的に「生きる力が奪われるからやめてください」と思うこともある。自然な感情は、絞り出すものではなく「溢れ出す」ものだ。搾りカスみたいになりたくなければ、自分で自分をスクイーズ【搾取】しないこと(そういうひとたちからは物理的に離れること)。

5・静けさが、知性や品性を醸成する。


誰の中にも詩人はいて、自分の口数が増えるほどに詩人は黙り、自分の口数が減るほどに詩人は語り始める。私は、詩人の心を身に纏うひとが好きだ。品格を身に纏うひとが好きだ。ある一定の閾値を超えた人口密度の中で、自分の中にいる詩人の声を聞くことはひどく難しい。詩人の心を身に纏うひとには、そのひと独特の「凛とした静けさ」がある。多分、その静けさが『知性』や『品性』を醸成する。


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6・好きなひとに好きだと言うために生きている。


明日死ぬとしたら何をするだろうか。明日死ぬとしたら、後悔のない生き方をできているだろうか。天国に持っていけるものは、多分、愛し愛された記憶だけなのだと思う。愛されるだけでは足りない、自分から能動的に何かを愛した時、多分、同時に自分【自分の人生】を愛することもできるのだと思う。私は「好きなひとに好きだと言うために生きている」のだと思う、ただ、それだけなのだと思う。


7・「自分は自分でいいのだ」と腹を据えて生きる。


私が誰かを好きになるとき、そこには「よくぞこのままで生きていてくれた!」という大きな喜びと感動がある。そのひとがそのひとで在り続けるということが、こんなにも見るひとを元気付けるものなのか。他人の評価に合わせて何者かになろうとするのではなく、自分は自分でいいのだと腹を据えて生きているひととの時間は潔く、清々しい。言葉はいらないから、ただ、永遠にそのままでいて欲しいと思う。

8・生きるために一番大切なもの。


居場所がないと感じることがある。かといって「居場所をつくりたい」という風には思わない。居場所とは、多分、外的な空間ではない「現在【自分の心の状態】」のことだ。乱暴にまとめるならば、それは『安心感がある』ということだ。安心感があれば土管の中でも河川敷の橋の下でも自分の居場所になり得るけれど、安心感がなければ北欧の家具でまとめられた洒落乙な空間も孤独と虚無に包まれる。

9・過去を嘆くこともなく、未来を憂うこともない。


居場所とは「現在【自分の心の状態】」だ。

10・誰も、私の代わりに「私の命を生きる」ことはできない。


私は、いま、この記事を熱海のデニーズから更新している。自宅からはバイクに乗り、丁寧に舗装をされた道路を走ってきた。私の代わりに家や料理やバイクや道路を作ってくれるひとがいる。私の代わりに言葉を発明してくれたひとがいて、私の代わりにiPadを製造してくれたひとがいて、私の代わりにWi-Fiを各地に飛ばしてくれたひとがいるおかげで、いま、この記事を更新することができている。

三人兄弟の末っ子として育ち、生まれながらの怠け者と甘えん坊のハイブリッドである自分は、自分以外にも誰かが何かをしてくれるのであれば「いつもお世話になっています!本当にありがとうございます!」と最大限の感謝をしながら、恩恵の上にあぐらをかいてしまう。代わりがいるのならば自分はやらなくてもいいかななどと、何もしない、怠惰な日々を過ごしてしまう。

しかし、当たり前のことだけれど「誰も、自分の代わりに『自分の命を生きる』ことはできない」のだ。それならば、と私は思う。あらゆることを他のひとに頼ってしまう【他のことは何もやる気が起こらない】自分だけれど、与えられたこの命は、ひとつだけのこの命だけは、精一杯に生かしてやりたいと思う。そう思う時に、私は言葉を綴りたいと思う。そして、これからも言葉を綴っていきたいと思う。自分の脳味噌が何を生み出すのかを見ていきたいという思いが、私にとって「【死なない為に生きるのではない】真っ直ぐに生きたいと思う力」になる。

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人生は続く。

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