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いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

【いばや会議】常識の賞味期限はせいぜい100年。ー 「固体・液体・気体の理論」

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いばやのMAYUと横浜の山下公園でいばや会議を行いました。


1・固体から液体、液体から気体。


坂爪「この前、ベリーダンスの発表会に呼ばれたから『固体・液体・気体』の尺度で踊りを眺めていたら、良い踊りほど気体に近い(固い踊りはとにかく固い)ということを思ったんだ。凄い踊りには空気を変える力があって、空間に溶け出している。この『空間に溶け出す力』って、なんていうかいばやに通じるものがあるな、と」

MAYU「ほう」

坂爪「自分のことばかり考えているのがガチガチの固体で、余裕が出来ると液体になって流れ出して、自意識が完全に溶け出す(ように見える)と気体になる。『頑張る』とか『絶対に達成する』というガッツは固体で、多分、脆い。『楽しむ』余裕が液体なら、気体は『全体と一体化する』みたいなイメージを覚えたのです」

MAYU「はい」

坂爪「でね、俺もね、それを見ていたら大事なことを20個くらい感じたんだけど、そのうちのひとつが『家のない生活』を通じて坂爪圭吾は『固体から液体になった』と言えるんじゃないかなって思って。普通、家があったら当たり前だけど自分の家に帰るけど、俺は家がないからキャンプアウト(野宿)することもあるし漫画喫茶で寝ることもあるし初対面の人の家に泊まることもあるんだけど、そのおかげで自分自身が『リキッド化して、世界に流れ出している』みたいな感覚を覚えていて、うまく言えないんだけど『固定されることはガチガチの固体で、これは多分もう古くて、退屈になる』って思った」

MAYU「なるほど」

2・旅が溶け出す。ー これは誰の旅なのだろう?


MAYU「私も最近まで女の子の友達と二人で九州に行っていたんだけど、最初は『とりあえずヒッチハイクでもやってみるか』っていう程度の思いでやってみたら、これが超絶楽しくて、ヒッチハイクなんてアイスランドの僻地で仕方がないから一回だけやったことがある程度だったんだけど、結局、九州は全部ヒッチハイクしたの」

坂爪「おー!」

MAYU「でね、みんなまじで優しくてね、行く予定なんて全然なかったのに目的地まで運んでくれたり、お茶でも飲んで行くかとか言って自宅にあげてくれたり、そのままその家に泊まったり、なんていうか超絶半端なかった。ヒッチハイクハイってこれか!って思った。宮崎の人とかも『ここは田舎だから普段はあんまり出会いとかもなくって、だからカウチサーフィン(自宅に無料で他人を泊めるシステム)とかもやって知らない人に宿として使ってもらったりしているんです』って話していて」

坂爪「うん」

MAYU「でね、私は『これは誰の旅なのだろう』って思ったの。もちろんこれは私たちの旅なんだけど、旅先で出会ったひとが『すごい心配していたんだよ、良かったねー!!』みたいな感じでヒッチハイクのこととか猛烈心配&超絶一緒に歓喜してくれたり、ヒッチハイクで乗せてくれた人も、私たちを家に泊めてくれた人も、その『非日常感』を楽しんでいる感じがすごくて、これは『私たちの旅であり、皆の旅でもあるのだ』みたいなことを思った」

坂爪「溶け出してるねー!」

MAYU「溶け出している!」

坂爪「俺も前に京都のひとの家に泊めてもらったときに『私は旅が大好きで海外に留学していたこともあったのですが、いまは仕事が忙しくて、とてもじゃないけど海外にはいけません。だから、私の代わりに世界を旅している人を迎える形で、自分も旅の気分を少しでも味わえたらなって思って』って言っていて、その発想は超絶素敵だと思った。『普段は出会わないひとと話したりすると、その場所に自由の風が吹くような気がして、明日も頑張ろうみたいな気持ちになるんです』って言ってた」

MAYU「溶け出している!」

3・必死は固体、余裕は液体、無心が気体になる。


坂爪「でね、なんて言うかね、俺もありがたいことに本を出版させてもらえる機会をもらったんだけどね」

MAYU「うん」

坂爪「いままでの本って『ああしなさい』とか『こうしなさい』とか『俺はこう思う』とか『必要なのはこれだ』みたいな感じで、作者が一方的に自分の思いを熱烈に差し出すものが多かったでしょ。これって、物凄いガチガチの固体だと思うの。別にいいんだけど、それでもいいんだけど、溶け出していないっていうか」

MAYU「うん」

坂爪「だから、理想は『坂爪は何もしていないのに、勝手にいばやの本が出来上がる』ことなんだろうとか考えたんだけど、それもちょっと無理があるし、で、どうしようかなみたいな。『これは私の本でもあり、あなたの本でもある』みたいな。別に本に限らず、これからのいばやの活動も、そういう感じのものにしていけたらいいなあって思って」

MAYU「他力本願力、的な!」

坂爪「他力本願力、的な!」

MAYU「確かに、いまはもう『努力する』とか『必死で何かを成し遂げる』とか『これがなければ生きていけない』みたいなものって、ガチガチに見えるし近寄り難いし、なんていうか固体だよね。あんまり楽しそうじゃない。もっとラブリー&ポップに気化すればいいのにね!(ほぐる!)」

坂爪「ほぐる!(ほぐすこと)」

4・常識の賞味期限はせいぜい100年。


MAYU「あのね、宮崎の高千穂とかにも行ってきたんだけど、あの辺は神話の里とか言われているくらいだから、日本の神様の話とかものってたりして、それがチョー面白かったの」

坂爪「うん」

MAYU「話が長くなるからウルトラ省略するけど」

坂爪「うん」

MAYU「いままでは天皇とかって『神です!』っていう感じだったのが、戦争で負けてから『(神は勝てると言ったけど)神のお告げは間違っていました…』みたいな感じになって、それから天皇は『神』じゃなくて『神の象徴(要するに人間)』ってなったんだって。これ、知識として間違っているかもしれないけど、私が言いたいのは『常識は変わる』っていうことで、あれだけ絶対的に信じられていたことでさえも、時代の変化で幾らでも変わる、と」

坂爪「明治維新とかもそうだよね」

MAYU「そう!でね、いままでの常識がまるごと変わることがあるっていうのがやっぱりすごい面白くて。いま信じられていることも、それは『いまの時代の常識』であって、これからの時代の常識でもあるということでもない。これって自由だなあって思ったんだ」

坂爪「そうだよね。常識が変わるなら、自分たちで常識を作ってもいいんだもんね」

MAYU「そう!自分たちが欲しい未来をつくるとかいうとあれだけど、常識なんていくらでも変わるんだから、常識の賞味期限もせいぜい100年くらいだし、それなら『自分たちが面白いと思う常識』をつくったほうが楽しいと思った」

5・溶け出すニートが世界を変える?


坂爪「なんかさ、時代が変わるときって『それまで英雄扱いされていたものが、一夜にして戦犯扱いされる』みたいなことがおこるよね。武士が突然すべての仕事を失ったり、戦争で戦ってきたひとがいきなり犯罪者扱いされたり、常識がまるごとひっくり返る」

MAYU「うん」

坂爪「そしたらさ、いまの時代の『優等生』は、もしかしたらやばいってことになるよね。いままでは『ここに入れば絶対に安泰!』みたいに言われていたのが、嘘だってことになる」

MAYU「なるかもしれない。いまの時代の優等生ってなんだろう?」

坂爪「なんだろう…いわゆる大企業とかはそうなのかな」

MAYU「そうかもしれない」

坂爪「学歴の高さとかもそうなのかな。いままでは『東大を出たのか!君は優秀だな!』みたいに話されていたのが、これからは『東大を出たのか!君はクソだな!(なぜなら前時代的な価値観にまみれているから)』みたいな感じになったら、結構やばいね!」

MAYU「やばたん!」

坂爪「大企業や高学歴は、固体だからやばい…逆に言えば、いままで軽んじられていたものが頭角を現すってことにもなるから、もしかしたらニートフリーターやいじめられっこの中から時代の寵児が誕生するかもしれないってことだよね」

MAYU「うん」

坂爪「うまく言えないけど、ニートは気体レベルが高い気がするんだよね…溶け出すニートが世界を変える!(変えないかもしれないけど!)」

6・ユアソンと右翼。ー ぶっ飛んでいるアーティストは、人を自由にする。


MAYU「この前ね、日比谷の野音ハナレグミとかユアソンが出ているライブにいったら、これがまじで良かった。ハナレグミもユアソンも私は全然知らなかったんだけど、超絶ハッピーな感じが会場全体に漂っていて、みんな自由に好き勝手に踊ったりしていて、知らないひととかもビールおごってくれたりして、すげーいい感じだった」

坂爪「うん」

MAYU「でね、それを見ながら、MUSICとかDANCEとか、そういうものの同一線状上にいばやもいたいなって思った。なんていうんだろう、いい感じの音楽を聴いて踊っているときの、あの『いい感じ』感を出していけたらいいなあ、みたいな」

坂爪「なんかさ、ほんとうに素敵なものに触れたときとか、『こいつバカだなー!』みたいな人を見たときって、楽しさだけじゃなくて同時に『嬉しさ』の感情も湧いてくるよね。新潟でなんでも自分でいろいろなものをつくっちゃう鈴木さん(仮名)っていう人もいるんだけど、なんていうかもう『生きていることの嬉しさ』が全身から溢れ出していたもの。あの、嬉しさが含まれている感じのハッピーが、凄い好き」


MAYU「しかもね、ステージの方が超絶ハッピーな感じになっている横で、右翼の人たちが警察とガチな大喧嘩してたの。ガチなやつ。こっちではハッピーなエネルギーが全開で出ている横で、あっちでは憎しみが大爆発している感じが凄いカオスで、どっちも『生命を燃焼させている』みたいなことで言えば同じことだし、あのエネルギーは『やらされている』限り絶対に出てくるものじゃないね」

坂爪「ユアソンと右翼…」

MAYU「ユアソンのピアノのひととかまじで半端なくて、わたしは音楽を知らないから技術とか全然わからないんだけど、なんていうか『君はもう、すごいいいよ!変わらないで!そのままでいてください!』みたいなことを思うの。その横で右翼のひとたちが暴れまわってのたうちまわっているのもカオスで、生命って感じ」

7・戦争か、祭りか。


坂爪「音楽とか踊りは完全に気体だよね。それに対して、俺が書いているこのブログは、固体である言葉を使っている時点で気体になるのがすごい難しい。どうあがいても液体になるのが精一杯で、音楽みたいな文章を書けたら最高だなとか思うけど、同時に言葉の限界も感じたよ」

MAYU「いばやでも、溶け出す何かをやりたいね」

坂爪「なんかね、時代が変わるときって『戦争』か『祭り』がおこるらしいよ。多分だけど、時代が限界を迎えて、抑圧されたエネルギーが怒りの方に使われると戦争が起きて、多分これが右翼のひとたちだとすると、抑圧されたエネルギーが開き直りの方に使われると、無意味な祭りとか、昔でいったら『ええじゃないか』みたいな感じになるんだと思う」

MAYU「おまつり!」

坂爪「祭りは気体レベルが高いよね。いばやも『自分たちがやばいと思うことをやっていれば、それに面白がってくれるやばいひとたちがあらわれて、化学反応が起きて、結果とんでもないわっしょい状態になる』っていうMAYUのお告げをもとに生まれたけど、これって思いっきり祭りだよね…」

MAYU「わっしょい└( ^o^ )┐」

8・いばやは何も説明しない。


坂爪「最近ね、いろいろな人にあうことが多いんだけど、一番よく聞かれるのが『そもそもで坂爪さんは何をしているひとなのですか?』っていう質問なの。いばやってなんですか、とか、一緒にやっているMAYUさんってどんなひとですか、とか、とにかく人間って『得体の知れないもの』に対して強い興味を持ってくれるみたい」

MAYU「うん」

坂爪「でね、あまりにも質問されるものだから、逆に『教えないほうが面白い』んじゃないのかとか思って。いばやは何も説明しない。俺自身も、いまはまだ自分に何も肩書きを与えていないんだけど、俺のことを『旅人』とか『作家』とか『思想家』だと呼ぶ人もいるし、『現代の仏陀』とか『哲学者』だという人もいれば『(ライフスタイルの)建築家』だという人もいるし、もちろん『無職のクズ』『薄汚いホームレス』『ただの迷惑なニート』『社会のゴミ』って呼ばれることも頻繁にあるの」

MAYU「面白いね」

坂爪「だから、いばや自身も何も説明しないで、それを見たひとが『いばやってこうだよね』みたいな様々な解釈が生まれて行く、みたいなスタイルのほうが面白いなあって思って。いばやは何も決めない。自分たちが何者かさえも限定づけない。自分たちでも何をやりたいのかわからないし、何が起こるかもわからないことをやって、その解釈を通じて『現代社会を象徴する』みたいなことができたら、これって(現代アートとか何も知らないけれど)現代アートだよね」

MAYU「アートであり、ギャグだね」

9・いばやとは「壮大なギャグ」である。


MAYU「最高なギャグをかましたい」

坂爪「いばやをつくるときに、MAYUが『宇宙の摂理として、新しいことをやろうとしているひとは死なない』って言ってて、俺はそれにものすごい感銘を受けて『ががーん!』ってなってしまったんだけど、いばやはセンスの塊になるしかないのかもしれない」

MAYU「うん」

坂爪「いばやの活動が未来にとって必要なものであれば、必ず誰かが『こいつらを飢え死にさせてはいけない』みたいな感じになって、救いの手を差し伸べてくれる。しかし、いばやの活動が未来にとって全然必要でもなんでもないものであれば、私たちは飢えて死ぬであろう」

MAYU「楽しみだねー!」

10・まとめ。ー やりたいことは細胞に聞け└( ^o^ )┐


いばやの中では、MAYUが『神(ゴッド)』で坂爪は『聖書(バイブル)』という謎の位置づけになっていて、MAYUのイマジネーションを頼りに坂爪がいばやの中身を言語化して展開していく、みたいな所があります。


いまの世の中に足りないものがあるとすれば、それは余裕だと思う。無意味なことを楽しむ余裕や、自分自身を客観視する余裕、自分と違うものの存在を楽しむ余裕や、ひとに優しくする余裕など、余裕を失った社会は「こうあるべき」という画一性に縛られたガチガチの固体になる。


いばやは柔軟剤になりたい。


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人生は続く。

坂爪圭吾 KeigoSakatsume《ibaya》
LINE:ibaya  keigosakatsume@gmail.com