いばや通信

ibaya≪いばや≫共同代表・坂爪圭吾のブログです。わっしょい└( ^o^ )┐

生きていることを実感したければ死ね。

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新年一発目からくだらない記事で皆さまのご機嫌を伺って参ります。

2013年12月31日17時頃、私と私の友人である阿部さんとで、何かメモリアルなことが出来ないかというテーマで緊急会議が開かれた。私たちはあまのじゃくで、お洒落なことができない。何かこう、死にたがる癖がある。人生から横っ面をガシンと殴られるような体験に飢えている。死ぬ事を通じて生きていることを実感したがっている。年の瀬を飾る何かスイートなメモリーを作れないかと考えた結果、東急目黒線武蔵小山駅にある「王様とストロベリー」という喫茶店で、尋常ではない量のパフェが食べられることを知って駆けつけた。その名もキングパフェ(2300円)であり、私たちは大晦日でも通常営業をしているマスターの心意気に乾杯した。

武蔵小山に到着した。目的の店に向かう。途中、富士そばの横を通った。とてもいい匂いがする。私たちは腹ペコだ。ふと、私の中にひとつの強い感情が芽生えた。富士そばを食べたい。それはシンプルで力強い欲求だった。富士そばを食べたい。富士そばが食べたい。美味いものを食いたい。私たちは腹ペコなんだ。そして私は葛藤に悶えた。なぜ私はこんなことをしているのだろうか。なぜ、わざわざ高い金を出してバカ盛りのパフェをくらってみすみす苦しむようなことをするのだろうか。富士そばを食えばいいじゃないか。そうすれば幸福になれる。私の中の天使が囁いた。愚かなことはやめなさい。富士そばを食べるのです。キングパフェ(2300円)なんて食べたら死んでしまいますよ。

そして私は腹を括った。よし、死のう。死ぬのだ。私は死にたいのだ。私は私の中の天使を一喝した。やかましい。正論を掲げるんじゃない。人間には愚行権があるのだ。私は死にたいのだ。死ぬことを通じて生きていることを実感したいのだ。富士そばは美味い。確かに美味い。本当に美味い。しかし美味いだけがすべてじゃない。私はくらいたいのだ。私は人生に横っ面をペシン!と張り飛ばされたいのだ。黙れ天使よ。黙って見ておれ。私たちは「王様とストロベリー」という名の「Lunatic Gate」(ルナティックゲイト。Janne Da Arc2ndシングル。1999年9月22日発売)を開いた。

キングパフェを注文してから待つこと10分程度、私たちの元に甘い凶器が運ばれてきた。

私たちは戦慄する興奮で頬を染めた。人は恐怖を目の前にすると笑う。なんだこれは。なんだこのでかさは。洒落にならないじゃないか。男二人で食える量じゃない。無理だ。ありえない。こんなものを食べたら死んでしまう。死にたくない。私たちはまだ若い。これからいくつもの美しい思い出や気持ちいい体験を重ねて行く予定なのだ。それなのに、今、私たちの前途洋洋たる未来が奪われようとしている。王様とストロベリーにあって、富士そばにないもの。それは「死」だ。今、私たちの目の前にあるもの。それは「死」だ。甘い凶器が私たちを殺す。私たちを殺す。そして私は思い直した。そうだ、私は死にたくてここに来たのだった。殺されるのではない。殺されてやるのだ。これが私の本望なのだ。念願ここに叶ったりなのだ。とりあえず私たちは震える恐怖を抑え付け、無我夢中で「死(キングパフェ)」の写真を撮りまくった。

一通り写真を撮り終えた私たちは「じゃあ、帰るか」という気持ちになった。私たちの中で既に何かが終わっていた。なんかもうすべてがどうでもよくなってしまっていた。別に一口も食べないでよかった。なんていうかもう、ビジュアルのインパクトでお腹いっぱいになってしまったのだ。しかしそんな訳にもいかない。現実からは逃げられない。とりあえず食べた。膨大な量のソフトクリームを食べて、そしてとんでもないことを発見してしまった。このキングパフェはおよそ3kg(!)の総量なのだが、そのすべてがソフトクリームで構成されている。まじか。まじなのか。コーンフレークやフルーツやその他の具材はまるで皆無で、私たちはこれから3kgのソフトクリームをただひたすらに食べなければいけないのだという冷酷な事実に足が震えた。

私には早々とギブアップする癖がある。死にたがる癖に、割と早い段階で死んでしまう。今回も速攻で死んだ。すぐに死んだ。死んだ私たちはSNSでヘルプを求めた。助けてくれ。俺達には無理だ。こんなものは食えない。食えるわけがないじゃないか。誰か私たちの代わりにパフェを食べてくれ。しかし、反応は皆無だった。皆に笑われて終わった。季節は真冬だ。寒い。凍える。私たちは震えていた。目の前には膨大な量のソフトクリームが君臨している。なんだこれは。なんなんだお前は。私たちは、なんだかだんだんムカついてきた。ソフトクリームに憎しみを抱き始めていた。困った私たちは暴挙に出た。隣の席にいる男女のグループに突如として大量のソフトクリームをおすそわけしたのだ。彼らは狼狽していた。皆が一様に困ったような顔をしていた。しかし気にしちゃいられない。私たちの方がずっと困っているのだ。日本では「人に迷惑をかけてはいけない」という教育が蔓延している。しかし、時には周囲の人間に迷惑をかけることもやむなしなのが人生だ。おかげで私たちは生き延びた。そして、ソフトクリームを通じて新しいコミュニケーションの扉も開いた。男女のグループは非常に好意的に私たちの提案を受け入れてくれた。ありがとう、隣の席にいてくれた男女のグループのみなさん。

話が長くなってきたので突然まとめに入る。今回の体験から得た教訓は以下の三つだ。

①死ぬことと生きることは表裏一体。生きていることを実感したければ死ね。
②無理をしてはいけない。本当の意味で死んでしまってはいけない。
③「どうして私はこんなことをしているのだろうか」と思ったらチャンスだ。

①と②の説明は割愛する。私の心の目を開かせてくれた富士そば富士そばに行けば私は幸福になれた。幸福になれることが目に見えていた。これだ。これが厄介な奴だ。結果が目に見えることをやっていても世界は拡張しない。私は死にたがりだ。死ぬ事を通じて自分の世界を拡張したいのだ。古い自分を殺すことで、新しい自分を誕生させたいのだ。そして私は気付いた。「どうして私はこんなことをしているのだろうか」と思ったらチャンスだ。答えは明確。新しい世界を見たいからだ。新しい自分に出逢いたいからだ。

あまりシリアスに考えてはいけない。なんだこれは!という感動を大切にしよう。頭で考えるのではなく、我が身を持って突撃しよう。そして全身全霊でくらうのだ。何かをやると何かが起こる。人生は予測不可能な出来事の連続だ。なんだこれは!という感動は私たちの凝り固まった心の扉を開く。感性に潤いが与えられる。子供のような純粋な気持ちが蘇り、なんだか心が嬉しくなってくる。思わず笑ってしまって、そして死ぬ。死んでしまってもいいのだ。そのたびに何度でも蘇り、私たちの世界は繰り返し拡張していく。

2014年も私は死にたがるだろう。合言葉は、「生きていることを実感したければ死ね!」

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坂爪圭吾 KeigoSakatsume/ibaya
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